AI時代、情シスはどう戦うべきか~管理対象が爆発的に増えた時代、「ひとり情シス」は何と戦っているのか~

はじめに

「最近、仕事が増えた気がする。」
情報システム部門で働く方なら、一度はそう感じたことがあるのではないでしょうか。
以前は、Windows Updateを適用し、ウイルス対策ソフトを管理していれば、多くの端末を安全な状態に保つことができました。

しかし、今は違います。
生成AIの活用が広がり、SaaSは部門ごとに導入され、クラウドサービスやモバイルデバイスも当たり前になりました。さらに、サードパーティ製アプリケーションの脆弱性対応、ゼロデイ攻撃への備え、ランサムウェア対策、コンプライアンス対応など、情報システム部門が担う役割は年々広がっています。

一方で、人員が同じ割合で増えている企業は決して多くありません。
限られた人数で、増え続ける管理対象に向き合う。それが、多くの企業に共通する現実です。
最近では「ひとり情シス」という言葉を耳にする機会も増えました。
もちろん、実際に担当者が一人とは限りません。数人のチームであっても、「管理対象は増え続けるのに、管理する人は増えない」という課題は共通しています。
では、本当に増えたのは「仕事」なのでしょうか。それとも、別の何かなのでしょうか。

本シリーズでは、AI時代の情報システム部門が直面している課題を整理しながら、これから求められるIT運用の考え方を複数回にわたって解説します。

今回は、その出発点として、「管理対象は、なぜここまで増えたのか」を考えてみたいと思います。

ある「ひとり情シス」の一日

トラブル対応から始まった週明けの朝

「PCの動きがおかしいんですが、、、」
週明けの朝、出社して間もなく届いた一本の問い合わせです。
PCの電源を入れると、最初に開くのはメールではありません。昨夜公開された脆弱性情報です。

  • Google Chrome ゼロデイ脆弱性
  • Adobe Acrobat Reader 緊急更新
  • VPN製品のセキュリティアップデート
  • Microsoft 月例更新

「今日は何から対応しようか」
そう考え始めた瞬間、Teamsの通知が鳴ります。
ユーザーへリモート接続し、原因を確認します。

Windows Updateなのか、ドライバーなのか、アプリケーションの不具合なのか、調査を進めていると、別のチャットが届きます。

「ChatGPTを業務で使ってもいいですか?」

数年前には聞かれなかった質問です。
しかし今では、生成AIに関する相談は珍しいものではありません。

さらに、営業部門では新しいSaaSの導入相談、開発部門ではOSSライブラリの脆弱性確認。
経営層からはランサムウェア対策の状況確認。
一つの問い合わせが終わる頃には、次の課題が待っています。

セキュリティ通知をチェックしながらの昼休み

昼休みになると、一息つけるかと思いきや、スマートフォンにはセキュリティニュースの通知が表示されます。

「新たな脆弱性が公開されました」、「海外で大規模なランサムウェア攻撃」、「利用中ソフトウェアに緊急アップデート」

IT環境は、昼休みだからといって止まってくれるわけではありません。

午後、脆弱性、パッチ、監査対応などの多様な業務をこなす

午後になると、今度は別の業務が始まります。

  • パッチ適用のスケジュール調整
  • 管理者権限の申請対応
  • ソフトウェアライセンスの確認
  • 新しい端末のキッティング
  • クラウドサービスの利用申請
  • ベンダーとの打ち合わせ

どれも重要な業務です。
しかし、そのほとんどは数年前には存在しなかったもの、あるいは現在ほど大きな負担ではありませんでした。

そして終業時間

気が付けば、18時。
ようやく今日の仕事が終わった。そう思った瞬間、スマートフォンが再び鳴ります。
「新しい脆弱性情報が公開されました。」
今日はここまでにしよう、そう思いながらも、「明日はどの端末から更新しようか」
そんなことを考えてしまいます。

終わらない一日、終わらない管理業務

ここまで読んで、「少し大げさでは?」と思われた方もいるかもしれません。
しかし、情報システム部門で働いている方であれば、一つひとつの出来事に心当たりがあるのではないでしょうか。
本当に大変なのは、一つの仕事ではありません。これらが同じ日に、次々と発生することです。

そして、この状況は大企業だけの話ではありません。
担当者が一人でも、数人のチームでも、多くの企業で共通する日常になりつつあります。

「これ、うちの会社だ」と感じる方も多いのでは?

図1(ひとり情シスの一日)を見て、
「まさに自分たちのことだ」そう感じた方も多いのではないでしょうか。

情報システム部門の仕事は、以前から多忙でした。しかし現在は、従来の運用業務に加え、クラウドサービスや生成AI、サイバー攻撃への対応など、新しい役割が次々と増えています。
重要なのは、個々の業務が極端に難しくなったわけではないということです。
やるべきことの種類が増え続けている。それが、今の情報システム部門が置かれている状況です。

では、本当に増えたのは何なのでしょうか。
次の章では、10年前と現在を比較しながら、「管理対象」の変化について整理してみます。

本当に増えたのは「仕事」なのか?

ここまで、情報システム部門の一日を見てきました。
では、なぜこれほど多くの業務を抱えるようになったのでしょうか。
「仕事が増えたから」もちろん、それも一つの答えです。しかし、もう少し視点を変えてみると、本質は少し違って見えてきます。

実際に増えたのは、「仕事」そのものではなく、「管理しなければならない対象」ではないでしょうか。10年ほど前、多くの企業で情報システム部門が管理していたものは、比較的シンプルでした。

例えば、

  • Windows
  • Microsoft Office
  • ウイルス対策ソフト
  • Active Directory
  • ファイルサーバー
  • メールサーバー

こうしたオンプレミス環境が中心で、管理対象もある程度把握できていました。
もちろん当時も大変ではありましたが、「何を管理すればよいのか」は比較的明確だったと言えます。

しかし現在では状況が大きく変わっています。
管理対象は、

  • WindowsやMac
  • モバイルデバイス
  • Microsoft 365
  • Google Workspace
  • 複数のSaaS
  • VPN
  • クラウドサービス
  • サードパーティアプリケーション
  • OSSライブラリ
  • IoT機器
  • 生成AI
  • AIエージェント

など、多岐にわたります。

しかも、それぞれにライセンス管理、脆弱性管理、アクセス権管理、ログ管理、コンプライアンス対応など、さまざまな運用が求められます。つまり、管理対象が増えるたびに、管理しなければならない仕事も増えていくのです。

図2(管理対象の変化)を見ると分かるように、情報システム部門が管理する範囲は、この10年で大きく変化しました。
以前は「社内のIT環境」を管理することが中心でした。しかし現在は、クラウドサービスや生成AIなど、企業の外側にあるサービスも管理対象になっています。さらに、利用されるサービスは日々増え続けています。

つまり、管理対象は固定されたものではなく、常に増え続けているのです。

AIが仕事を減らしてくれる時代…のはずだった

生成AIの登場によって、「仕事が楽になる」という話を耳にする機会が増えました。
実際、文章作成や要約、翻訳、プログラムの補助など、多くの業務でAIは大きな力を発揮しています。情報システム部門でも、マニュアル作成やスクリプトの作成、問い合わせ対応など、AIを活用できる場面は増えています。しかし、その一方で、AIという新しい管理対象も生まれました。

例えば、

  • どのAIサービスを利用しているのか
  • 社内ルールに沿って利用されているのか
  • 機密情報が入力されていないか
  • 利用履歴を把握できているか

こうした新しい視点での管理も必要になります。

つまり、AIは業務を効率化する一方で、管理対象も増やしているという側面があります。
これは生成AIだけではありません。クラウドサービスも、モバイルデバイスも、IoTも同じです。便利な技術が増えるほど、情報システム部門が管理すべき対象も広がっていきます。

増えたのは「仕事」ではなく、「管理対象」

ここまで見てきたように、情報システム部門の負担が増えた理由は、単純に仕事量が増えたからではありません。管理しなければならない対象が、急速に広がったことが大きな要因です。

そして、もう一つ見逃せない変化があります。
以前は、管理対象の多くが会社の中にありました。しかし現在では、社員が自由に利用できるクラウドサービスや生成AIなど、会社が把握しきれていないITも増えています。
管理対象が増えただけでなく、「見えない管理対象」まで増え始めているのです。

これは、これからの情報システム部門にとって、大きな課題と言えるでしょう。

図3(増えたのは管理対象)は、情報システム部門が直面している変化を象徴しています。

管理対象が増えること自体は、DXやAI活用が進む中で避けられない流れです。
重要なのは、増え続ける管理対象を、これまでと同じ方法で管理し続けることは難しくなっているという点です。

では、このような時代に、情報システム部門にはどのような考え方が求められるのでしょうか。
次の章では、「管理する」から「見える化する」へと変わりつつあるIT運用の考え方について考えていきます。

これからの情シスに求められること

ここまで見てきたように、情報システム部門の負担が増えている理由は、担当者の能力や努力とは関係ありません。IT環境そのものが、この10年で大きく変化したことが最大の要因です。オンプレミス中心だった時代から、クラウドサービスが当たり前となり、SaaSやモバイルデバイスが急速に普及しました。

さらに現在では、生成AIやAIエージェントなど、新しいサービスが次々と登場しています。
便利な技術が増えることは、企業にとって大きなメリットです。業務効率が向上し、新しい働き方も実現できます。

しかし、その一方で、情報システム部門が管理しなければならない対象は、これからも増え続けていくでしょう。つまり、「以前と同じやり方」で管理し続けることは、ますます難しくなっていくのです。

「全部管理する」という発想から変える

従来のIT運用では、「管理対象を把握し、一つひとつ設定し、運用する」という考え方が基本でした。管理対象が数十台、数百台だった時代には、この方法でも十分に対応できました。

しかし現在では、

  • 数百種類のアプリケーション
  • 数多くのクラウドサービス
  • 日々追加される生成AI
  • 頻繁に公開される脆弱性情報
  • 増え続けるセキュリティログ

など、管理すべき情報量そのものが大きく変化しています。

これらをすべて人の手だけで把握し、判断し、運用し続けることは現実的ではありません。
だからこそ、これからの情報システム部門には、「すべてを人が管理する」のではなく、「必要な情報を効率よく把握し、優先順位を付けて対応する」という運用が求められています。

図4(AI時代の情シスに求められる役割)は、その役割を表しています。

これからの情報システム部門に必要なのは、管理対象を増やさないことではありません。増え続ける管理対象を前提に、どのように効率よく把握し、適切に運用していくかという視点です。

そのためには、ITを単に「管理する」のではなく、状況を把握し、リスクを判断し、継続的に改善していく運用へと発想を変えていく必要があります。

おわりに

情報システム部門を取り巻く環境は、この10年で大きく変わりました。
管理対象は増え続け、クラウドサービスや生成AIの普及によって、その変化はさらに加速しています。そして今後は、AIエージェントの普及によって、IT環境はこれまで以上に複雑になっていくでしょう。

この変化を止めることはできません。
だからこそ重要なのは、変化に対応できる運用を考えることです。

今回(第1回)お伝えしたかったのは、「仕事が増えた」ということではありません。管理対象が増え続ける時代になった という事実です。そして、その中には、会社が把握できていないサービスも少しずつ増え始めています。

管理対象が増えることよりも、「何が使われているのか分からない」という状態こそが、これからの情報システム部門にとって新しい課題になります。

次回は、その代表例である 「シャドーAI」をテーマに、生成AI時代のITガバナンスについて考えていきます。

「禁止する」のではなく、「見える化する」。
その考え方が、これからの情報システム部門にとって、重要な第一歩になるはずです。

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本記事はここまでとなります。
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